2012年12月31日 (月曜日)

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2011年2月 9日 (水曜日)

クレンペラーの写真

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歴史的な有名な写真です。ようやく見つけました。

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2011年1月29日 (土曜日)

「俺の言う通りにやれ」

1885年5月14日、ポーランド(当時はドイツ領)に一人の男の子が産まれました。名前は、オットー・クレンペラー。ユダヤ系のドイツ人です(後にイスラエル国籍)。成長して2メートル近くの大男になります。トスカニーニ、フルトヴェングラー、ワルター等と一緒に撮った写真があるのですが一番大きいです。その写真を探したんですが、見つかりませんでした。

飛行機のタラップから落下する、寝煙草で全身大火傷をするといった生活面から、音楽ではオペラの指揮中に客と喧嘩をする、出演した歌手と不倫関係になる等々、逸話には事欠きません。しかし、そんなことはどうでもいいことです。問題はクレンペラーの音楽です。

若い頃のクレンペラーの音楽は文章でしか読んだことがありません。かろうじて、1枚持ってはいますがモノラル録音で海賊版ときていますから音は悪いですし、これ1枚だけでクレンペラーの音楽云々を言えるわけはありません。ですからEMIとの契約を結んだ1954年以降の音楽についてです。

個々のCDについては別に書くとして、Wikiによれば『ドイツ圏の古典派・ロマン派から20世紀の音楽まで幅広いレパートリーを持つ。晩年の録音で聴くことができるように、アンサンブルや音色・情緒的表現など表面的な美しさよりも、遅く厳格なテンポにより楽曲の形式感・構築性を強調するスタイルでよく知られている。』ということだそうです。

「楽譜通りに演奏する」ということがよく言われますが、これはどういう意味でしょうか。文字を素直に読むのか、それとも裏にあるものを読むのか? クレンペラーの演奏は、まさに文字通りに、楽譜の通りに素直に演奏します。味も素っ気も面白みも何もありません。しかし、そこには音楽があるのです。普通の演奏家には、音楽を面白く聴かせようという演出が絶対にあるのですが、クレンペラーにはそれがありません。例えば、クレシェンドの時にはアッチェレランド気味に、ディミヌエンドの時にはリタルダンド気味にやると演奏効果が上がります。これは一つの例ですが、こういう演出(テクニック)が行われることによって面白い聴きやすい演奏が生まれているのです。こういう演出が最高に上手かったのがカラヤンでしょう。クレンペラーにはそのような演出がありませんから、聴いていてちっとも面白くありませんし格好良いわけでもなく無骨で野暮ったい演奏です。しかし、音楽だけがそこに存在しているのです。

クレンペラーは、作曲家が全身全霊をかけて書いた楽譜を忠実に真剣に音にしていきます。クレンペラーの練習風景のビデオがあります。譜面台をバン! と叩いて「俺の言う通りにやれ!」と独特のだみ声で言うのです。オーケストラには「自分たちの見せ場」というものがあり、それは不文律としてあるのが普通なのですがクレンペラーはそれすら認めません。何故ならば、それは作曲家がそのように書いたわけではないからです。とは言っても、自分で勝手に編曲してしまった曲の録音もあるようですけど。

同じビデオの中(?(TVで見ただけ))にインタヴューも入っていて、インタヴュアーの質問に「ワルターはそうやるが、俺は違う」と自信を持って答えています。そんなクレンペラーは、1973年7月6日に88歳でスイスの自宅で亡くなりました。最後の録音は、1972年のワーグナーの「ワルキューレ」でした。これは全曲の完成は出来ずに終わってしまいましたが、クレンペラー渾身の録音となっています。圧倒的な迫力、壮大なワーグナーの世界があります。

クレンペラーの演奏は、一回や二回聴いただけではその魅力は絶対に解らないと思います。それだからこそ、批評家たちからの評価も低いんですけどね。まぁ、次回からは個々のCDについて書いていきたいと思います。

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2011年1月25日 (火曜日)

- セルソ・アルベロ テノール・リサイタル - 1月25日、NHKFM ベストオブクラシック

詳しい情報が判りませんが、昨年(2010年)の来日公演のライブでした。

テノール セルソ・アルベロ、ピアノ伴奏 浅野菜生子。

トスティの歌曲で始まりましたが、これらは声ならしのものです。若い声(実際に若い)ですし、声も美声です。ただ、ピアノ伴奏はちょいとお粗末。「女心の歌」で沸きましたが、トスティでの欲求不満がオペラで爆発しただけで、それほど良い歌ではなかった。「連隊の娘」は、細かいパッセージがイマイチですし、ピアノ伴奏はヒステリックすぎです。高い「C」の音は見事に出していましたが、若さに任せてのようにも思えますし、一部「ブー」も出ていたようです。ただし、このような若い歌手に「ブー」は出してはいけないのではないでしょうか。もっと見守ってやらねば。

後半は「ありふれた話(フェデリーコの嘆き)」から始まりました。しかし、この嘆きはもっと深い嘆きでなければいけません。まだまだ若いです。苦悩も感じられません。ファヴォリータから「やさしい魂よ」は、もっと美しいレガートが必要。それは同じ男でも、クラクラと行ってしまうような歌を唄わねばなりません。ただし、アルベロの歌は絶対に悪くはありません。

オペラのアリアが終わり次の2曲になったら、力みが抜けたのか聴きやすく良い歌になりました。これは、ピアノ伴奏も同様。この後のサルスエラは私には判りません。プログラムの最後は、「想いの届く日」という曲でしたが、この曲は私は初めて聴く曲ではありましたが名曲ですね。歌手は、もっと喋らなければ。そしてピアノ伴奏がもっと歌わなければならない曲でしょう。その対比を鮮やかにすることでもっと良い演奏になるはずです。

アンコールは5曲でした。とにかく若いテノール歌手です。もしかしたら天下取るかもしれません。今後、本当に楽しみな歌手です。

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2011年1月16日 (日曜日)

日本の財政赤字深刻

ということで、ジャック・アタリ氏が来日されたようです。

フランスの思想家で経済学者のジャック・アタリ氏(67)が自著の出版を機に来日し、東京都内で14日、会見した。アタリ氏は「財政不安が起きている欧州よりも日本の方が財政赤字は深刻。世界を危機に巻き込むこともあり得る」と指摘。「日本は高齢化の進展で歳入よりも歳出の伸びが早い。10~15年後には日本人の貯蓄の100%が、公的債務をまかなうためのものになる」と警告した。

アタリ氏は、日本が財政再建を果たすには、(1)経済成長力の回復(2)人口増加政策(3)歳出削減(4)増税などによる歳入の拡大--を同時に進める必要があると指摘し、特に歳出削減と歳入増は「緊急性がある」と述べた。

一方、日本の財政赤字は国民の貯蓄でまかなえるので危機的ではないとの議論については「何もしないことも(国民の)選択肢の一つだが、成功した例は歴史上ない。最も悲惨なシナリオだ」と語った。

アタリ氏は81~91年、ミッテラン仏大統領(当時)の補佐官を務め経済政策を主導。現在もサルコジ大統領に政策提言している。

まぁ、かなりの人物のようですが、今の民主党政権の日本に多くを期待してはいけません。そして、逆から言えば、過去の日本のように世界を支え続けることは今の日本には絶対に無理です。

それは民主党云々というよりも、日本の少子高齢化という現実が全てを物語っていると思います。1980年以降、バブルにはじけた日本経済は、自分勝手な政治家と保身しか考えなかった官僚に良いように操られてしまっていたのです。それに気づいた国民が、いろいろと反乱を起こしているというのが今現在の単純な考えなのでしょうが、これは国民の反乱と言うよりも、ギヴアップと言った方が正解かもしれません。何しろ国民は、このような日本という国に対して、自分の子孫を残すことに大きな疑問を持ってしまいましたし、その後は、多くの若者は結婚する事すら経済的に出来なくなってしまったのが事実のようです。

難しい話はどうでも良いんです。人口増加がなければ、経済の発展はありません。何しろ、物が売れなくなってしまうわけですから。そして、自分の子どもに対して、日本という国が素晴らしいと言えるかどうかが大問題なのです。より多くの国民は自分の将来に不安を感じているわけです。だからこそ、自分は子どもを持つことが良いのか? その子どもが将来の不安が無いのか? 等々、こんなことを思わせるような国は、ダメだと思います。とにかく、今の日本の国は国民の事を何も考えていないとしか思えません。それ以上に、日本を支えていると考えられる政治家と官僚が国民の事を考えていません。国民はそれを敏感に感じ取っているのです。

財政赤字と言いますが、国の借金というものは誰から借りているものなのか? 企業にしても、個人にしても借金は普通は銀行から借りているものでしょう。しかし、国も銀行から借りているのでしょうか? これは違いますね。この借金は数字的なものだけで、とは言えないものですけどね。赤字国債というのがそれです。今は国債も個人で買えるようになりましたが、以前は個人では買えませんでした。それを引き受けていたのが郵便局です。だから小泉郵政改革があったのですが、それをも反故にしてしまおうということで動いているのが今の民主党政権でしょう。

この文章を読んで、詳しいことは自分で考えてくださいね。元NHKの誰かのように、判り易い説明はしませんからね。ここら辺も自己責任の世界になってしまうのでしょうね。何しろ説明責任も何も果たさずに、いきなり自己責任という言葉が出てきてしまうんですからね。ここらからも、政治家と官僚の無責任さが伺えるはずです。

さて、この文章を書いていて、どこに結論を落とすべきかが判らなくなってしまいました。それほどまでに、今の日本の政治状況は酷いです。そして私も酔っ払っているのは事実ですけどね。そうだとしても、日本の政治家と官僚の責任は非常に大きいはずです。まぁ、連中はそんなことは思ってもいないでしょうけどね。まぁ、他愛の無いことを書いてみましたが、今後、日本はどうなって行くのでしょうかねぇ。

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2011年1月 8日 (土曜日)

芸術劇場 - クイケン&レ・ヴォア・ユメーヌ - 1月7日深夜、教育TV

本当に良いものを聴かせてもらったと思います。クイケンのヴィオラ・ダ・ガンバは相変わらず素晴らしい音です。そして共演した、レ・ヴォア・ユメーヌの二人も良かったですね。この二人は共にクイケンの弟子です。

曲は、バロックということもあり本当に地味で私も初めて聴く曲ばかりでしたが、それでもなかなか聴きごたえのある演奏を繰り広げてくれたと思います。古楽器というと、いまだに拒否反応を示す人達がいるようですが、現代楽器とは違う本当に優美な音で私は大好きです。

2月4日深夜に、ベニス・バロックオーケストラの放送があるようですが、こちらも期待しています。

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2011年1月 5日 (水曜日)

初詣

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

皆さんは初詣には行かれましたか? 私は当然の如く行きました。ニュースでは、伏見稲荷のさい銭開きが報道されていましたが、神社の経営という観点から見ると違った見方もできるはずですね。

私がお参りをしてお守りを買おうと思っていましたら、若い二人連れが「10円を5円に両替してください」と来ました。神社ではこれを断っていましたが、当然のことだと思います。『さい銭は、ご縁があるから5円で良い』ということが言われているようですが、たったの5円でいろいろなお願いを神様にするというのは余りにもあつまかし過ぎませんか。神社、まぁ白河では鹿嶋神社と南湖神社になりますが、白河神社という旗宿の神社もありますが、あの広い敷地、及び古い建物を維持管理して行くということについては非常にお金が掛かります。

それだけではありません。特に正月は神職以外に、巫女さんや男性のお手伝いだって必要なのです。その人達の日当。そして何よりも御札とかお守り類ですが、これだって仕入れているのです。つまり、神社の経営というのは、小売店となんら変わらないという事実を世間では考えていないわけです。まぁ、こういうことを神社側が世間に知ってもらいたいと思っているかどうかは私は判りませんが、さい銭開きのニュースを見て、「社寺は儲かっているんだから課税しろ」との声が聞こえてくるわけですが、この声は余りにも短絡的過ぎるわけです。神社のさい銭について言えば、正月三が日がそのほとんど全てであり、他の350日以上はさい銭はほとんど挙がらないのが実情でしょう。世間を騒がす新興宗教は、これとは全く違います。

宗教に詳しいという人が結構いるようですが、その人達は「教義」には詳しいのでしょうが、宗教を経営するという観点からは物は言いません。もっと詳しく書いても良いのでしょうが、そろそろお時間となりました。   なんてね(*^。^*)

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2010年12月25日 (土曜日)

12月24日深夜 NHK教育 芸術劇場 パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィル

NHK音楽祭2010ハイライトとしてやりました。曲は、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。

さて、最初に書いておきますが、夕べはクリスマス・イヴでしたから、私は当然の如く飲んでいました。で、TVを付けっぱなしで寝てしまいまして、いきなり“ジャジャジャジャーン”となって起きた次第です。ですから、酔っ払いのたわごとと思ってくださっても良いのかな。

指揮者のパーヴォ・ヤルヴィですが、父親も指揮者でネーメ・ヤルヴィです。ネーメの作り出す音楽は、巨人の音楽です。この系統の音楽家は非常に少なく、しかも人気が上がらないという音楽です。私は、この系統の音楽家が大好きですから、ネーメも非常に高く評価しています。ちなみに、この系統の指揮者の最高峰が、オットー・クレンペラーです。クレンペラーについては、また別の機会に。

その父親のネーメ・ヤルヴィが、ことあるごとに息子のパーヴォ・ヤルヴィの自慢・宣伝をしていたことがあったのです。あまりにも親バカそのものだと思ってはいましたが、パーヴォの音楽に接してみると、なるほど自慢するのが解りますね。

「運命」です。ドイツ・カンマーフィルは、小編成の室内オケという触れ込みのようですが、室内というには人数が多いかな? まぁ、その辺はどうでも良いんです。要は、音楽の中身ですから。現代楽器ではありますが古典的配置をとり、演奏そのものも古楽器からのアプローチを意識した演奏で、テンポは速くアタックも総じて強い。

パーヴォはオケをドライブするのではなく、オケと共に音楽を楽しんでいるかのような演奏。飽きさせることなく、一気に最後まで持って行ってしまいました。

ベートーヴェンというと日本では、耳が聞こえないのにもかかわらず大作曲家になったということで、必要以上に祀り上げられているところがあります。でも、本当は性格は悪いし、けちでチビで良いところはあまり無い人間でした(ちょいと悪く言いすぎですけどね)。そしてその音楽も、真面目で楽しくやってはいけないかのような方向に行ってしまったのではないでしょうか。音楽は楽しいもののはずです。今回の「運命」はハ単調ですが、パーヴォの演奏は、短調とは思わせないような楽しいものでした。これが日本人がやると、長調も短調に聴こえてしまい、もう二度と立ち上がることが出来ないかのように落ち込ませてくれる短調の音楽を奏でるのです。今回のパーヴォ・ヤルヴィの演奏のように、短調を長調ではないかと思わせるような、楽しい音楽を聴き続けたいものです。

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2010年12月19日 (日曜日)

遅いにも程がある

何の話かというと、音楽の話です。

今朝のNHKFM、9時からの「名演奏ライブラリー」で、ジョーン・サザーランドの追悼をやっていました。全部聴いたわけではありませんが(相変わらず車の中です)、最後の方にやった「メサイヤ」のアーメンコーラスです。指揮はサー・エードリアン・ボールト、ロンドン交響楽団とロンドン合唱団でしたが、このテンポの遅いこと遅いこと。本当にオートブレーキが掛かって止まってしまうという感じでした。

そして、先ほどのNHK教育でのN響アワー。エフゲニー・スベトラーノフの指揮で、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」から“情景~雪のワルツ”でしたが、こちらも本当に遅いテンポでした。

一般的に遅いテンポの指揮者の代表というと、オットー・クレンペラーということになっていますが、今日の2人の指揮者はそれどころではありませんでした。まぁ、クレンペラーの“くるみ”は私は聴いたことがありませんし、録音自体も存在しないのではないかと思います。しかし、さすがのクレンペラーも今日のスベトラーノフのテンポでは演奏しなかったでしょう。とにかく遅い。

クレンペラーの「メサイヤ」は私も持っていますが、確かにクレンペラーの演奏は遅いです。しかし、ボールトの演奏は信じがたい遅さです。

遅い演奏というのは非常に難しいです。緊張感を持続させることが困難になってきますし、聴いている聴衆が心地よくなくなってきます。今日の、ボールトの“アーメンコーラス”と、スベトラーノフの“くるみ”は、居心地が良くなかった演奏だったと思います。それほどに遅いテンポでの演奏は難しいのです。ところが、クレンペラーは違います。まぁ、それはまた別の機会に書こうと思います。まぁ、今日のこの文章は、クレンペラーのことを書くぞ、という宣言でしょうかねぇ。

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2010年12月 5日 (日曜日)

ヤヌシュ・オレイニチャクのピアノ

今日(12月5日)のNKHFM、サンデークラシックワイドの番組でした。

詳しくは書けません。車の中で、途中を聴いただけでしたから。聴いたのは、ヤヌシュ・オレイニチャクのピアノで、ショパンのピアノ協奏曲第2番。フランス・ブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラ。

使っていたピアノは、フォルテ・ピアノのようでした。明らかに、現代のスタンウェイ型ピアノとは音が違います。そして、それが非常に良い音なのです。そして、それ以上にブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラが本当に良い音を出していました。ノンビブラートの古楽器の音です。これが本当に良い! 

まぁ、これ以上は書けません。でも、古楽器は良いと改めて思いましたね。

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2010年12月 1日 (水曜日)

世界に誇る天皇陛下

Daiana

ダイアナ英皇太子妃殿下

Somusawari

タイの王族、ソムサワリー殿下

Obama

オバマ米大統領

Yoko

天皇陛下に頭を下げない横路衆議院議長。この後、「頭を上げるのが早すぎた」との弁明をしていますが、美智子皇后が後ろにいらっしゃいますので、この弁明が絶対におかしいことが判ります。

その挙句に、中井洽前国家公安委員長が秋篠宮殿下に『早く座れよ。こっちも座れないじゃないか』と野次をとばしたのです。民主党という政党の議員は、非国民ばかりですね。まったくもって、嘆かわしい政治状況です。

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2010年11月26日 (金曜日)

暴力装置

この「暴力装置」という発言がいろいろと問題を醸し出しているようです。仙谷官房長官だけではなく、石破茂自民党政調会長も以前に同様の発言をしたという事です。

「暴力装置」という言葉は、マックス・ヴェーバー(1864~1920、ドイツの社会学者・経済学者)が1919年に講演したものをまとめた「職業としての政治」という著作の中に書いてあるということのようで、学術的には認められた言葉だということです。

このことについて、私が言いたいことは二つです。一つめは日本語に翻訳した時の問題。百年近く経っているものに対して、従来の日本語のままで良いのかという問題です。

そして二つめは、ヴェーバー理論を越えるような理論を誰も発表することが出来ないのか、ということです。ヴェーバーが生きていた時代と、今は物理的には根本的に違っていると思われます。それと同時に、人間の感性も違ってきているはずです。現代の人間は、二つの世界大戦を経験し、共産主義の崩壊を目の当たりにしたわけです。インターネットという非常に便利なものもあるわけです。にもかかわらず、百年前の理論を有難がっているというのは、私としては非常に情けない。学術というものは、ある意味、過去を否定して進化していくものです。そのために日々精進研究しているはずです。

誰か気鋭の社会学者が、現代の感覚で、軍隊・国家論を理論付けてくれることを期待してしまいます。

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2010年11月17日 (水曜日)

一刻も早い解散総選挙を

民主党政権の酷さには、もう我慢が出来ません。

大畠章宏経済産業相は16日午前の閣議後記者会見で、「中国とレアアース(希土類)の代替材料やリサイクル技術を共同研究したい」との意向を示した。アジア太平洋経済協力会議(APEC)開催中の13日に張平・中国国家発展改革委員会主任と会談した際に、伝えたことを明らかにした。

経産相はレアアースの荷動きについて「未確認だが、少し変化が出てきているとの情報もある」と説明。19日には企業に現状の様子を聞いたアンケート結果を発表する。   (以上日経)

中国がレアアースの輸出を規制しているから、世界的にレアアース依存を止め代替材料を探すわけじゃないですか。にもかかわらず、それを中国と共同研究というのは言語道断です。盗人に追い銭というのはこういうことを言うのではないでしょうか。

枝野前幹事長の「うかつに政治主導と言った」とか、柳田法相の「答弁は二つ覚えておけばいい」と言った本音発言もそうですが、何しろ民主党の売国政策は目に余るものがあります。このままでは、本当に日本という国がダメになってしまいます。民主党が下野した場合の受け皿の問題が大きいのは事実ですが、一刻も早い解散総選挙を求めます。

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2010年11月12日 (金曜日)

政治主導

官僚の士気があがらないようですね。民主党お得意のパフォーマンスばかりで、中身は何も無いような政治もどきをやられていたんでは当然の結果だとも思います。

菅総理はG20で韓国に行っていますが、世界的に恥をかかなければ御の字でしょう。何しろ日本の国会でもそうですが、何が話し合われているのかが解っていないのが菅総理ですからね。官僚が一生懸命レクチャーしても、何も理解できていないというのが今の総理大臣の現状でしょう。そして、尖閣衝突ビデオ流出問題でも、自分たちの責任は全く無視して、海上保安庁長官だけは引責辞任させようとしている。このような政治家の態度では、官僚の士気は絶対にあがるわけはないでしょうね。

昨日(11月11日)、私のこのブログを沢山の方が見に来てくださいました。そのほとんどの方が見ていって下さったのが、この下にあるメータ指揮イスラエル・フィルの文章です。その中で、午前10時過ぎに非常に気になるアクセスがありました。「mlit.go.jp」です。go.jp はご存知のように政府関係です。mlit が判らなかったので調べてみました。そうすると、何と「国交省」ではありませんか。

物事を杓子定規に捉えるつもりはありませんが、尖閣ビデオ流出のこの時期に、何故、渦中の国交省からメータ指揮イスラエル・フィルのブログにアクセスがあるのか。昼休みとかだったらまだ理解も出来ます。しかし、午前10時といったら絶対に仕事中です。そりゃぁ、配属されている部署によってはこのビデオ流出とは全く無関係なところもあるでしょう。しかし、日本中がこの話題で騒然としているこの時期に、省庁を挙げて仕事をしなけりゃならないのではないですか。この問題の陰で、八ツ場ダムの建設中止を中止するということも発表されたようですし。

政治主導といっている民主党政府が「政治」のことが全然解っていない。民主党の政治家が知っているのは、政治ではなく政局です。そして官僚を使うことが出来ない。これではますます官僚の士気は下がるだけでしょう。そしてそれは、日本という国がおかしな方向へ行ってしまう。2050年には日本という国が存在せずに、中国の一部になってしまうということが、現実に起きるかもしれないということが今の民主党政治を見ていると思えてしまうのです。でも、それは絶対に阻止しなければいけません。今の民主党政権のような「親中反米」政権ではない、反中とは言いませんが本当に日本という国を考える政権を求めなければいけないと思います。

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2010年11月10日 (水曜日)

NHK音楽祭2010 -ズービン・メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団-

今終わりましたが、NHKFMの生中継でした。

曲は、ベートーヴェンの6番「田園」と7番というプログラム。私は、うっかり忘れていまして6番の4楽章の途中から聴きました。

メータという指揮者、なかなかやりますね。まぁ、以前からそれは知っていたんですが、巨匠の道を順調に歩んでいるように思います。メータの音楽は甘い音楽の系統なのですが、それが非常に良い方向に行っていると思います。“甘い”というと、悪いイメージに捉えられるのかもしれませんけれど、悪い甘さではない甘さなのがメータの魅力です。私個人的には、その甘さがどうも好きになれなかったのですが、今日の演奏は非常に良かったと思います。

「田園」は途中からだったのですが、適度に甘い演奏でメータの良い面が本当に出た演奏だったと思います。7番は、“のだめ”で有名になった曲ですが、カルロス・クライバーが今に繋がる演奏を確立したと言っても良い曲でしょう。もっとも、演奏スタイルは時代と共に変化して行きますから、この先どのようなスタイルになるかは誰にも判りません。故サバリッシュが、“新演出・新解釈”だと言っても、ベートーヴェンの時代から200年も立ってるわけだから、その間にどのような演奏がされたかは誰にも判らない。だとすると、新解釈だと言っても、過去に誰かがやっていた可能性がある。ということを言っていました。この過去100年についてはレコードの録音になっているものについては判りますが、それ以外で録音されていない演奏が星の数ほどあるわけです。まぁ、それはこれからの時代も同様ですけどね。全てのコンサートが録音されるわけではありませんし、世の中に絶対に出ない演奏というのも沢山あるわけです。特に、田舎で行われたコンサートは録音もされないのが当たり前ですからね。

さて、メータの7番ですが、1楽章から2楽章の間をほとんど休み無しで演奏しました。私は、1楽章が終わったので、ボリュームを上げようとラジオに近づいたらいきなり2楽章が始まってしまい、ちょいと慌ててしまいました。演奏は、後半に行くに従いどんどん良くなっていったように思います。久し振りに、ベートーベンの良い演奏を聴いたようなきがします。アンコールは2曲でしたが、最後の「雷鳴と電光」は良かったですね。

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2010年11月 8日 (月曜日)

尖閣問題以降

この私のブログですが、白河高校PTA問題や私の趣味の音楽も含めまして、なるべく論理的で感情的にならずに書いてきたつもりではあります。しかし、ここの所の民主党のドタバタについてはあまりにも酷すぎます。ましてや、民主党だけの対応ではなくマスゴミの対応もあまりにも酷すぎると言わざるを得ません。

大体にして、この尖閣の中国漁船の衝突映像が国家機密になるというのが理解できません。一番最初から公開すれば何の問題も無かったはずです。そりゃぁ、中国との関係は悪化するとは思いますが、国民に対して説明しなければいけないのが当たり前の話です。とにかく、毎日毎日民主党の態度には腹が立って腹が立って仕方ありません。その上にマスゴミの報道も大問題です。

マスゴミは、今回の流出した映像を自分たちのTV等で絶対に欲しかった訳です。ところが、ユーチューブに流れてしまい、自分たちの既存のマスコミは全く無視されてしまったわけです。世界的に見ると、こういうことが当たり前になっているようです。日本のマスゴミは従来の姿に胡坐をかいているとしか思えませんし、自分達が“スクープ”として報道する以外は、法律論を盾に取ったような“sengoku38”氏が罪人であるかのような報道をしているわけです。これは全く違うでしょう。自分達がスクープした場合であるならば、sengoku38氏を守る。しかし、ユーチューブというマスコミとは対峙するかのようなものであるならば罪人に仕立て上げる。私は、sengoku38氏を英雄視するという今の風潮も問題ありだとは思いますが、それ以上にマスゴミの姿勢はまったくもっておかしいと思っています。

そんな中で、菅内閣の支持率が30%もあるということが信じられません。菅総理は「石にかじりついてでも頑張る」ということを国会で言ったそうですが、その態度・言動が国民には非常に迷惑なのです。国会での菅総理の態度はオドロオドロしい、いやそうではなくオロオロし過ぎています。何しろ、ひいき目に見ても自信が無さ過ぎです。一国の総理としてはあまりにも情けない態度としか言えません。それ以上に、何もやっていないとしか言えませんし、円高株安は止まらないように思います。もっとも、このような情けない態度だからこそ、株は自然反発していますね。円高も、一時のようなことは無いようですが、これはアメリカが介入を示唆したからであって日本は何もしていないのが現状です。

まぁ、以前から書いていますように、菅内閣・民主党政権は一刻も早く政権から降りてほしい。場合によっては、日本人であることを止めて欲しいと思っています。

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2010年11月 7日 (日曜日)

11月7日 N響アワー 『アイーダ』サンティ指揮

11月7日のN響アワーは、10月のN響定期公演Aプロの、サンティ指揮によるオペラ「アイーダ」ハイライトでした。サンティとN響はここのところ毎年といっても良いくらいに振りに来ているようです。サンティ得意のアイーダということでしたが、歌手達がイマイチだったかな。

まぁ、アイーダというオペラは、アイーダ、ラダメス、アムネリスの3人がきちんと歌えれば、それなりに聴くことのできるオペラでしょう。本調子ではなかったのかな? まぁ、ラダメスのサンドロ・パークはまぁまぁ、とは言っても、あの声は好き嫌いが別れるでしょう。アイーダのアドリアーナ・マルフィージは高音が完全に破綻していましたし、アムネリスのセレーナ・パスクアリーニは何を歌っているのかが判らない。そしてこの3人に共通して言えることは、たまに歌が非常に安っぽく聴こえてくることがあるということです。ポピュラー系の歌手がクラシックの名曲をカヴァーして歌うことが多くありますが、その場合、より多くは曲が可哀想に聴こえることがほとんどです。しかし、今回の歌手の場合は、反対のことが起こって聴こえてきたのです。オペラを歌っているのではなく、まるでポピュラー曲を歌っているのではないか。あくまでもごく一部でそのように聴こえることがあっただけで、全部ではありませんよ。

今でも良く言われるのは、「歌手の黄金時代」という言葉です。1950年代に、マリア・カラスとレナータ・テバルディというソプラノが覇を競っていました。それに伴って、他のパートの歌手たちにも素晴らしい歌手達が揃っていたのです。ところが、この人達の声は“ベルカント”ではありませんでした。あの時代の人達の声は、ベリズモの声だったのです。楽器でもそうですが、時代と共にどんどん変化していきました。声も同様のことが起こっていたのです。ロッシーニが嫌ったという胸声が今は当たり前になっています。特に1900年代の初頭、第一次世界対戦から逃れるように、多くの音楽家達がアメリカに行きました。音楽家だけではなくヨーロッパの頭脳と言われる人達もアメリカに移住して行ったのです。音楽だけに絞りますが、アメリカの劇場はヨーロッパに比べて大きいのです。そして、作曲家の作品も変わって行ったのです。そうすると、従来のベルカントの発声では表現できないことが出てきてしまったのです。オーケストラ編成も大規模になり、それに負けないような胸声が基本となってしまったのです。今は、研究が進んでいますので、「イタリア人の声=ベルカント」とは言わなくなりましたが、聴く側にまだそのことが伝わっていません。

このアイーダというオペラは、TVでもヴェルディの最高傑作というふうに言っていましたが、本当にそうでしょうか? 私はそうは思っていません。ヴェルディの最高傑作は、まぎれもなく最後の2曲、『ファルスタッフ』と『オテロ』です。まぁ、その話は今日は関係ありませんが、このアイーダというオペラの台本は、宗教的に見て古代エジプトの宗教観とは全然違うものなのです。そして、何よりもラダメスという男が全く判らない。ちょっと頭悪すぎ。アイーダとアムネリスを天秤にかけて、エジプト軍の将軍であるならば絶対にアムネリスを選ばねばならないはず。そして、アイーダがエチオピアの国王の娘・王女であることを知っているのかいないのか。これは、ラダメスだけでなく登場人物全てに言えますが。どうもアイーダというオペラの台本が、ここらへんのことが非常に弱く感じてしまうのです。

サンティの指揮は良かったと思います。ただ、N響の音がオペラティックではなかった。これはいつものことではありますけど。あとはハイライトではなく全曲であれば、また印象は変わったかもしれません。まぁ、しゃぁないかな。

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2010年11月 5日 (金曜日)

尖閣衝突問題

予想されたとおり、尖閣での中国漁船の衝突映像がユーチューブに流れましたね。もっとも、今現在は削除されているようですけど。でも、又公開されることになるでしょうし、TVでも一部繰り返し放送されているようですね。

日本の危機管理の問題とか、いろいろとTVでは言っていますが、警察極秘資料の流出問題から直ぐにこちらも出てきてしまっているわけです。APEC直前というタイミングも考えなければいけませんが、実はそうではないのかも知れません。この国会開催中ということを考えると、とんでもない売国法が通ってしまうことが充分に考えられるのです。国民の目を国会からそらすため、欺くためにもこの警察極秘資料と尖閣衝突映像は充分に役割を果たして余りあるものがあるはずです。

そして、アメリカに対しては「思いやり予算」の増額での決着。中国に対しては、日本国民からするととんでもない売国法をやるのでしょう。それが民主党の外交政策なんでしょうね。まったくもって、とんでもない政党です。このままでは日本は益々悪い方向へ行ってしまいます。本当に、目に見えるものの奥にあるものを見極めないといけません。

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2010年10月31日 (日曜日)

福島県知事選挙

Mirai 福島未来ちゃんに清き一票を、って言いたくなってしまいます。とにかく盛り上がりに欠ける選挙戦だったのではないでしょうか。そもそも4党相乗りの現職知事に、共産党が戦いを挑んでも根本的に無理があります。これは税金の無駄遣いではないでしょうか。

まぁ、選挙には行きますが、今の所「福島未来」と書こうかと思っています。

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2010年10月22日 (金曜日)

ムーティ指揮フランス国立管弦楽団演奏会

10月21日夜のNKHFM、ベストオブクラシックのコンサートでした。

曲目は

リッカルド・ムーティ指揮、フランス国立管弦楽団演奏会
「狂詩曲“スペイン”」シャブリエ作曲
「ハープ協奏曲 作品25」ヒナステラ作曲(ハープ)グザヴィエ・ド・メストレ
「歌劇“はかない人生”から“スペイン舞曲 第1番”」ファリャ作曲   ハープのメストレのアンコール
「バレエ組曲“三角帽子”第2部」ファリャ作曲
「スペイン狂詩曲」ラヴェル作曲
「ボレロ」ラヴェル作曲

というプログラムでした。

ムーティは2005年にスカラ座の音楽監督を辞任して以来、どこのオケの常任にもならずにいましたが、今年からローマ歌劇場とシカゴ交響楽団の常任に就任したということになっています。“帝王”と言われて久しいと思いますが、日本ではデヴュー後、それ程の人気があったとは思えないところがあります。これは、日本の音楽評論家に受けが良くなかったというのが一番大きいことだと思います。

私は、最初から好きな指揮者でした。あの躍動感のある音楽はさすがにイタリア人と思わせるところもありましたし、ちょっと先輩のアバドとは全く違う音楽作りにも惚れ惚れとするところがありました。ムーティの作り出す音楽は“いたずらっ子”のイメージがありまして、それが非常に面白く聴いていました。

そんなムーティも69歳(1941年生まれ)になっています。当然の如く、音楽も変わってきました。オケの統率力はさすがです。アインザッツに乱れはありませんし、各楽器のバランスも素晴らしいものがありました。しかし、躍動感に欠けてしまっていました。これは単にムーティが年を取ったからなのか、それとも客演指揮者であるから、オケとのコミュニケーション不足なのか? 聴衆は沸いていました。確かに見事な演奏であったとは思います。しかし、ムーティらしい躍動感が……。

単に年を取ったから躍動感が無くなったのかというと、そんなことは無いと思います。80歳を過ぎたジョルジュ・プレートル(1924年生まれ)は、本当に躍動感のある若々しい音楽を聴かせてくれます。確かに70歳を迎えようという指揮者に、いつまでもいたずらっ子のイメージを求めるのも間違いだとは思いますが、ムーティのあの『血沸き肉踊る』という音楽が聴けなかったのが残念でならないのです。

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